2014年11月24日月曜日

松姫バイパス(松姫トンネル・小永田トンネル) ・ 鶴峠

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去る17日に開通した、R139松姫バイパスを走って来ました。
三連休は前回の甘利山・モジリ峠に続き、素掘りトンネルが待つダート林道と関東山地の西端の峠を泊りがけで楽しもうと、MTBと道具一切を車に積んでおいたのですが・・・またも土壇場で日曜に予定が入ってしまい、キャンセルせざるを得ませんでした(T T)
かといって、土曜と月曜は好天の予報なので、全く走らないのも勿体ない。体力的に日曜に影響を残さない程度に走ることが出来る場所は無いかと考えたところ、週の初めに松姫トンネルが開通していたことを思い出しました。
松姫トンネルを抜けて、小菅村から鶴峠経由で上野原へ帰るという、横浜出発としては距離・標高共にミニマルなコースですが、とはいえぶた脚さんには口が裂けても軽いとは言えない170km。。。松姫峠越えのコースでは、猿橋~小菅村間に2010年4月に3時間半2013年4月に3時間20分掛かっていますが、トンネルの開通によってこの区間をどの程度短縮できるのか、興味を覚えて急遽、出掛けることにしました。
例によって四時起床で六時には出発したかったのですが、雑用を片づけて家を出る頃には八時を回っていました。今日のお伴は炭焼きチャーシュー号。スプロケットを分解清掃したせいなのか、以前からシフトする時に感じていた渋さが無くなり、乗り易くなったように感じますが、夏が終わってから全っ然走っていないので、GPSの速度計がなかなか20km/hを超えることがありません・・・(^ ^;)行楽へ向かう車を避けて津久井湖北岸のr515へ入ると一層ペースが落ち、「出発も遅かったし、このまま城山湖でも回って帰ろうか・・・」という考えが頭を掠めます。3時間も掛かって相模湖から甲州街道へ。猿橋まではほぼ平らな道が続くので挽回を期待したのですが、膝・足首とも関節がギクシャクする感じで、てんでダメ。遅くなるようだと明日に差し支えるし、鳥沢の「喜楽」で昼ご飯を食べてから甲州街道の旧道を戻り、犬目宿からの富士と、つげ義春の「猫町」を見て帰ろうか、などと逡巡しながらペダルを漕ぎます。深城ダムから九十九折れながら猛烈に上る道は走らないで済む筈ですが、猿橋~ダムのダラダラ上りに1時間半・ダム~小菅のトンネル区間も上りの筈なので1時間・鶴峠越えが1時間半・・・というように積算すると、12時半までに猿橋に着かないと床に就く時間までに帰宅するのはキビシイ。。。補給に寄った鳥沢のセブンで猿橋着のタイムリミットを定め、もし過ぎたら前述のコースに引き返すことにして、再びペダルを漕ぎます。
若干調子が上向いて来たのか、リミットまで五分を残して猿橋を通過・R139を北へ。紅葉シーズンの三連休から想像するほどには交通量も多くはなく、暖かな毛布の様に色づいた権現山~奈良倉山の尾根を左に見ながら、気分よく自転車を走らせます。浅川峠越えの道もいつか行ってみたいなぁ・・・(溜息)こちらも思ったほどではないですが、サイクリストの姿のチラホラ。早くも奥多摩方面から駆け下りて来られる皆さんに、気持ち良く挨拶を返して頂きます。女性サイクリストから鈴が鳴るような声が飛んできた瞬間は、オサンの侘しい一週間を締めくくるハイライトでした(←キモっ!)。頭ではじいた算盤通りに、深城ダムへ到着。
西へ傾きかけた午後の陽を浴びて、周囲の山々は晩秋の鮮やかな色を放っています。暖かな色の山肌に向け、レンズを向ける観光客でダムの駐車場はいつになく華やいだ雰囲気。管理事務所で貰ったダムカードは冬バージョンになっていました。大菩薩嶺の向こうにある上日川ダムと共に、異なる水系を用いる揚水発電としては世界有数の規模を誇る葛野川発電所に属する葛野川ダムのカードは、時間が押しているので今回はスルー。懐かしい真木小金沢林道の入口にあるシオジの森を過ぎ、深城トンネルを抜けると、峠道の始まり。松姫峠を越えて行く九十九折れが、見上げる様な山肌に刻まれている様子は壮観ですが、大月側から散々上らされた挙句この景色を目にすると、「・・・だはーっ(涙)」という溜息を禁じ得ない場所でもあります。
今日はトンネルで楽々・・・の筈。
柳沢峠の帰路、昨春小菅側から越えた時工事中だった場所に分岐が出来、「←松姫峠 ↑奥多摩・丹波山・小菅」の青看が掲げられています。直進方向(=松姫バイパス)のみに国道である旨の表示がされていますが、峠越えの道もまだ国道指定は解かれていない筈です。いよいよ松姫トンネルへ。坑門左側の銘板によると、気になる延長は3066m。勾配にもよりますが、ぶた脚がゆっくり走っても通り抜けに1時間は掛からないはずで、まずは一安心。十三年の歳月と約百億円が投じられた松姫バイパス。11月17日に開通した総延長3.8キロのうち八割を、主要構造物であるこの松姫トンネルが占めるということになります。
山梨県の公共事業評価書(『国道139号(松姫バイパス)』)に掲載された松姫トンネルの標準横断図を見ると、車道の幅3mに対して、通常自転車が通行する路側帯の幅は50cm・歩道幅は75cm・・・と聞けば頼りないように思われるかもしれませんが、実際走った者の感想として、現状の交通量に対して充分な安全上のマージンが確保されているという印象です。後続車の追い越し幅が不足する場面は、まず想像できません。自動車からの視認確保に一般的な注意を払えば、危険を感じることは少ないのではないでしょうか。
甲武トンネルの様に路側帯に舗装の継ぎ目が走っている場合、この段差が大きいと車輪を乗り上げて転倒する危険がありますが、松姫トンネルの路側帯はスムーズで、長いトンネルにありがちな異物もほとんど見られません。東京近郊の長めのトンネルの中では、最も自転車に配慮した設計といって過言ではないかと。ただし、おそらくは工事の際に生じたものが抜けきっていないせいでしょうか、坑内は非常に埃っぽく、当面の間マスクは必携と感じました。読者の皆様は既にご存知と思いますが、私は気管支が弱く、冬場のライドでは排ガス対策の為常に防塵マスクをして走っているので・・・大丈夫でした。
大月側坑口の標高は約700m。最初の2キロは坦々と上ります。中間点を500mほど過ぎた辺りに勾配変節点があり、標高約770mの小菅側の坑口まで、そこからはほぼ平坦な道が続いていました。たったの13分でトンネルを抜け、続いて短い(95m)小永田トンネルを抜けると、そこはもう小菅村。峠の袂にある小さな集落の、どこか懐かしさを覚える風景がバイパス橋の下に広がっています。ぶた脚が松姫峠を越える場合、優に3時間半掛かっていた猿橋~小菅村間の道程を、今日は本当に半分の時間(1時間40分)で移動できてしまいました!

これはもう、素直に「進歩」と呼ぶしかないでしょう・・・

先に紹介した山梨県の公共事業評価書(『国道139号(松姫バイパス)』)の「平成23年度公共事業再評価調書」から引用すると、このバイパス事業の目的と効果について、・・・松姫峠(標高1,250m) を挟んだ約14kmの区間は、線形が悪く急勾配が続く1車線の隘路となっており、本バイパスの整備により、通常時は約30分の時間短縮が可能となる外、冬場の雪などによる通行止めやスリップ事故の軽減、又夏場の大雨時の崩落や通行止めから大きく改善が図れるものと記していますが、この表記が全く掛け値が無いものであることは、ぶた脚が記したGPSログ同士を比較して頂ければ、直截にご理解頂けるものと思います。


峠越えが一つ増えることで一日に走る距離が大きく左右されてしまう、私みたいなヘタレサイクリストほど、従前に比べて奥多摩方面を走る際のルート選択の幅が広がり、トンネルの完成によって浴する恩恵が大きいといえます。
多摩川→丹波川に沿って、交通量の多い青梅街道を延々と走る、或いは笹子峠(標高1000mを超える旧笹子隧道か、非常な緊張を要するR20笹子トンネル)越えののち勝沼に下り、改めて峠上りを開始する・・・自転車で横浜から柳沢峠を目指す場合、初心にとってリーズナブルなルートは主にこの二つでしたが、松姫トンネルの開通によって、大月→小菅→今川峠越えのルートが、所要時間・体力を最も節約できるルートとして、脚光を浴びることになるのかもしれません。ベテランのサイクリストでなくとも、柳沢峠日帰り自走のハードルが、大きく下がったといって良いのではないかと思います。体力に余裕がある往路で松姫峠を上り、帰路はバイパスで楽々・・・という様なコースも考えられるので、これで松姫峠越えの道がどのような形であれ、今後も通行できるよう維持されるのであれば、自転車乗りとしては文句のつけようがないということになります。願わくば、そうであって欲しいと思いますが。
とりあえず目的は達したので、小永田から鶴峠越えの道へ入り、上野原に帰ることにします。思ったより早く小菅に抜けることが出来たとはいえ、既に十四時半を回っています。鶴峠に1時間・上野原には十七時というところでしょうか?初めて柳沢峠まで自走した帰路に使って以来四年ぶりということになりますが、眺望や見所がない代わり波乱も無い道で、ぶた脚でさえ三十分を経ず標高870mの峠に立つことが出来ました。小菅側は小永田から峠まで3.7キロ・標高差120m余で平均勾配は3.2%。バスを待つ登山の人に挨拶して、休む間もなく自転車を漕ぎ出します。
峠から上野原市街までは20キロほど。すっかり弱くなった陽光に押されるように、峠を駆け下ります。冬の気配が強い道を東に急ぎ、20分ほどで上野原の奥座敷・西原へ。鶴川沿いには美しい紅葉が見られる場所がありましたが、深い渓谷沿いであることに加えて日没直前の時間で、安物デジカメで見られる写真を撮るにはいかんせん光量が不足していて、色々手を変えて試してみたものの、結果の方はご覧の通り・・・(T_T)
四年前はその存在を知らず、鳴き声を洩らすほどキツく感じた田和の上り返しも、覚悟して臨めば普通の坂で十六時半には棡原の辻に立っていました。
とはいえ、自宅まで60キロを残し日没を迎えたので、この先のルートで冒険は避けたい所。しかし先輩諸氏のブログを拝見し、棡原~上野原市街は鶴川左岸の道を使うのが「通」らしい・・・と最近知った折でもあり、初めての道へハンドルを切ります。
なるほど、右岸の上野原あきる野線の比べて交通量・アップダウンとも少なく、走り易い道。右岸より一段と険しく映る川崖に道を刻んであるためか、道幅こそ頼りないものの、豪快な切り通しが現れたかと思うと、かわいらしいポニートラス橋が二つも架かっていたり(離合不可能ゆえバス優先と書かれていたりする)で、短いながらも趣ある道でした。
行楽帰りの車に混じって甲州街道を東へ急ぎ、50分ほどで相模湖へ。道志橋を渡った三ヶ木まで、上下線ともず~~~と渋滞・・・勿論、プレジャーフォレストのイルミネーション目当ての皆様方です・・・きっと大事な人と一緒なのでしょうから、ミラー見ながら幅寄せしてくるの、やめて下さいね。毎年のことで、もう馴れっこですが・・・晩御飯食べて二十時帰着。
自転車に乗るのが心の底から楽しいと感じられる一日でした。今年は思い切って遠出もしたのですが、入念に計画したライドでも何となくスッキリしないものが残ることが多くて、今日のような爽快さが味わえたライドは本当に久しぶりです。今の私の実力を鑑みると、一日に楽しんで走れる距離としては、100マイル前後がビッタンコの気がします。120kmより短いと物足りないし、200km越えると翌日に影響が残ってしまいます。私の場合、まだ行ったことが無い場所・見たことのない風景の中自転車に漕ぐことができる点こそが、輪行や車載をする動機なのですが、こういった魅力の反面自転車に乗ること以外に結構エネルギー使うので、一日に走ることが出来る距離は、自走に比べて格段に短くなってしまうんですよね・・・おビンボさんなので、身銭を切るからには時間一杯自転車を漕ぎたいわけです。本当に、悩ましい。。。
今日の服装は長いレーパンの上に3/4パンツ・長袖ジャージにウィンドブレーカーという、この時期の私の格好としては例外的な軽装で、長い距離を走るわけではないのでバックパックすら家に置いて来たほどですが、鶴峠から西原へと下る時を除いて、寒さを感じることはありませんでした。最高気温は二十度を超えて十月上旬並みの気温だったとのこと。この点でも、最後までツキに恵まれた一日でした。

本日のコース



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こちらも宜しくお願いしますm(_ _)m
深城ダム ・ 松姫峠 ・ 奥多摩湖 ・ 梅ヶ谷峠←新タブで2010年4月10日付記事が開きます。
鈴庫山林道・竹森林道・柳沢峠・大ダル林道・今川峠・松姫峠←新タブで2013年4月15日付記事が開きます。
番外編 小菅村の白糸の滝・ほか←新タブで2013年5月6日付記事が開きます。
新笹子トンネル ・ 柳沢峠 ・ 今川峠 ・ 鶴峠 ・ 田和峠 (後半)←新タブで2010年8月15日付記事が開きます。

2 件のコメント:

横尾寿秋 さんのコメント...

エライ距離を走られましたね
こんな長距離私は走ったことありませんよ。
私なら前半折り返し地点で膝が痛くなりそうです。

そう言えば20年以上前にこの道を大月側から車で通って
青梅に抜けました
当時は荒れたダートでオフロードバイクの方々がツーリングに来ていました。
バイパスも完成前のえらく狭い道で 素掘りの車一台分しか通れない隧道が何本かありました。

今もトンネル脇の盛土の向こうは素掘り隧道が眠っていると思われます
https://www.google.co.jp/maps/@35.6953545,138.9527558,3a,75y,328.23h,87.18t/data=!3m4!1e1!3m2!1sVduCL9OHZltO5V5-Ff9NWA!2e0

ここがずっと気になっているんですけど、これだけのために行くのも何なので
気になりつつも行ってませんが、、

ところでりんさんは、メールでしかお付き合いはありませんが
とても良い方ですよ。
西沢渓谷に私が行ったのもりんさんのお勧めです

ボラザぢぃ さんのコメント...

タマチャリンさま

コメントありがとうございますm(_ _)m
確か奥多摩の倉沢とか、栃寄沢の林道を探索されていた記憶があります(間違っていたらゴメンナサイ)が、多摩サイ辿って行くコースだと、あちらの方が距離が長そうに思えるのですが・・・
ダムが無かった頃、私も一度峠越えの道を車で走っている筈なのですが、当時の記憶がまるでない・・・(^ ^;)林道愛好家の方のサイトを拝見すると、深城ダムに沈んだ小金沢集落などは鄙びたとても良い所だったらしいのですが・・・
バブルの余韻が残っていた頃なので、私自身は貧乏していた(今も!)つもりでも、時代を経た道端の風情に注意を払うことがなかったのかもしれませんね。。。後悔しても仕方がないことですが。
ご教示いただいた場所も、全然意識したことがありませんでした。山梨は旧トンネルを塞いじゃうんですよねぇ・・・今度通ったら覗いてみますm(_ _)m
コメント公開遅くなり、大変失礼しましたm(_ _)m